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欧州における幹細胞特許

21 November 2017

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要約
 
幹細胞は何種類かの異なった機能を持つ細胞型に分化することができ、治療用組織や臓器再生のツールとして大きな可能性を秘めている。そのため、幹細胞は医学界や産業界から研究の対象として多大な注目を浴びている。幹細胞を得るためのヒト胚の利用は議論の的となっており、欧州連合(EU)の法令、特にバイオテクノロジー指令は、ヒト胚に関する発明の特許性を制限している。
本稿はバイオテクノロジー指令の関連法律条項について概観し、それが欧州司法裁判所(CJEU)、EU加盟国の裁判所、欧州特許庁でどのように解釈されているか、また残された未解決の分野についてまとめるものである。 ヒト胚性幹細胞もしくは単為生殖生物を含む、多能性幹細胞に関する技術は、ヒト胚を破壊することなくその細胞を得ることができる場合、欧州では原則として特許性があるといえる。ヒトの多能性幹細胞を得るための適切で確立された方法の存在は、欧州で幹細胞の新技術を特許化することに、より大きな自由を与えるだろう。しかしながら、ヒト胚組織以外から作成された人工全能性幹細胞が、特許保護の対象として適格かどうかは、不確実なものが残る。

欧州バイオテクノロジー指令条項と関連性

バイオテクノロジー指令(バイオテクノロジー発明の法的保護に関する指令98/44/EC1)は、欧州におけるバイオテクノロジー上の発明の特許性に関する最も重要な法律である。バイオテクノロジー指令は各々のEU加盟国で立法化されており、EU全域で法的効力を有する。EU加盟各国の裁判所は、バイオテクノロジー指令の条文解釈について、EU法の解釈に関する最終責任を有する欧州司法裁判所 (CJEU) へ照会することができる。
 
バイオテクノロジー指令は、欧州特許条約 (EPC) の法律条項にも採用されているため、欧州特許庁 (EPO) の付与した欧州特許にも適用される。注目すべきは、欧州特許がスイスのような非EU加盟国にも適用されることがあるという点である。したがって、バイオテクノロジー指令の解釈は、EU加盟国だけではなく非加盟国を含めた欧州全域でのヒトの幹細胞技術の特許を律する上で、非常に重要であるといえる。  
 
バイオテクノロジー指令の第1条 (1) では、EU加盟国がバイオテクノロジー上の発明を自国の特許法で保護すべきであると定めている。
 
特許対象からの除外は第5条および第6条に規定されている。
 
第5条 (1) では次のように言明されている。
 
「さまざまな形成および成長段階にある人体、およびその要素の1つを単に発見したことは...特許可能な発明とならない。」
 
 第6条では次のように規定されている。
 
1.発明は、その商業的実施公序良俗に反するときには特許性がないものみなされる。しかし、それが単に法規で禁じられているというのみの理由で実施公序良俗に反するとみなしてはならない。
 
2.第1項に基づき、特に次のものは特許性がないものとする。
.
.
(c) 産業的または商業的目的でのヒト胚の使用」
 
Brüstle事件- 20111018日欧州司法裁判所判決C-34/102
 
グリーンピースは、胚性幹細胞(ES 細胞)から作られる神経前駆細胞に関するOliver Brüstle教授名義のドイツ特許の取消しを求めていた。ドイツ裁判所は欧州司法裁判所に対し、用語としての「ヒト胚」の意味、および「ヒト胚の産業的または商業的目的での使用」の意味、ならびにクレームされている製品またはプロセスの出発物質を得るためにヒト胚を事前に破壊する必要のある発明の特許性、という3つの質問をした。
 
欧州司法裁判所は第1の質問に対する回答でヒト胚を次のように定義した。      
 
ヒトの受精後卵子、成熟したヒトの細胞から取り出した細胞核が移植されたヒトの未受精卵子、単為生殖により分裂およびその後の成長が刺激されているヒトの未受精卵子」。
 
 この理由付けは、特定された有機体の各々をヒト胚として定義したものであるが、それはこれらの有機体が「ヒトの成長プロセスを開始できる」と考えられたからである。ヒト胚の定義には、人体のいかなる種類の細胞型にも分化できる全能性幹細胞は含まれていない。したがって、欧州司法裁判所は、全能性幹細胞をヒト胚の定義から除外する可能性を残しているように思われ、これは誘発された全能性幹細胞を基にした技術が実現した場合、その技術での特許取得の潜在的な可能性の扉は開けているということである。このトピックについては以下でさらに深く議論していく。 
 
この判決は次のようにも述べている。
 
...科学の進歩の見地から、胚盤胞の段階のヒト胚から得た幹細胞が「ヒト胚」となるかを確認するのは付託された裁判所である」。
 
 第2の質問に対する回答では、除外には科学的研究の目的でのヒト胚の使用も含むことを確認している。特許対象となるのは、ヒト胚に適用する治療または診断の目的に限られ、かつそれが有用なときのみである。
 
 第3の質問を検討する際、その理由付けでは、ヒト胚を破壊することで作られた幹細胞の系列から胚性幹細胞を生みだす場合のように、発明の実施よりはるかに前の段階で胎芽が破壊されることがあるという事実が強調されている。 
 
 判決は、技術的な教示が以下のような場合には発明が特許対象から除外されると述べている。
 
「それがどの段階で行われるかを問わず、かつ、クレームされた技術的教示の記載がヒト胚の使用について言及していなくとも、ヒト胚を事前に破壊するかそれを材として使用する必要がある場合」。
                                               
 その除外が、破壊されたヒト胚を基材として使用することに関係するのか、それとも破壊しない使用法を含めてヒト胚を基材として使用することのすべてを除外する意図なのかは、完全に明らかになっているわけではない。この判決の理由付けでは、ヒト胚の破壊が許されるものではないことが強調されており、そのことは除外が使用そのものではなく、破壊的な使用のみに関係することを示唆しているものと考えられる。 
 
欧州司法裁判所の判決を適用するにあたり、ドイツ連邦裁判所 (BGH) は、ヒト胚を破壊せずに神経前駆細胞を作り出すことは可能であると判示し、「開示されていない除くクレーム」(明細書に記載されていない否定的限定)を使い、クレームから胎芽の破壊を伴う主題を除くという条件で特許は有効であるとした。
 
さらにドイツ連邦裁判所は、ヒト胚性幹細胞にはヒトの成長プロセスを始める能力がないことを理由として、ヒト胚性幹細胞の使用はバイオテクノロジー指令の意味する胎芽の使用としてみなすことはできない、という意見を表明した。ヒト胚性幹細胞は「多能性」を有する、つまり人体の多くの種類の細胞型に分化することができるが、他のすべての種類の細胞型に分化できるわけではないからである。
 
ドイツ連邦裁判所は、欧州司法裁判所の判決を、ヒト胚を破壊せずに基材として使用することが必要な発明について、特許による保護を除外するものではない、と解釈したように思われる。すなわち、必要とするヒト胚性幹細胞がヒト胚を破壊したものから得たのでない限り、幹細胞研究の分野での特許保護は可能である、ということになる。

International Stem Cell Corporation - 20141218日欧州司法裁判所判決C-364/133
 
この事件はInternational Stem Cell Corporation名義の英国特許出願に関するもので、未受精卵を刺激して分裂させ、幹細胞の分離が可能となる発達段階に達するまでのプロセスを対象とするものである。「ヒト胚」の意味する範囲に関するBrüstle判決は、このプロセスを「ヒトの未受精卵で分裂とその後の成長が単為生殖により刺激されたもの」に関連するとして、特許対象から排除しているように見える。したがって出願は英国知的財産庁 (UKIPO) により拒絶されたのであるが、出願人はその決定を不服とし、英国高等裁判所に控訴した。 
 
Brüstle判決以降、新しい科学的知識により、卵子を刺激してヒトに見られるあらゆる種類の細胞型を作ることはできても、父系のDNAなしにはヒトに成長することができないことが明らかになった。控訴を検討する際、高等裁判所は欧州司法裁判所に次のような質問をした。
 
「ヒトの未受精卵で、単為生殖で分裂が刺激された後に成長していき、受精卵とは対照的に多能性細胞のみからなり、ヒトに成長できないものは、バイオテクノロジー関連発明の法的保護に関する指令98/44/EC第6条(2)(c) にいう「ヒト胚」に含まれるのか」
 
欧州司法裁判所はこの質問に対し次のように回答した。
 
「ヒトの未受精卵で、単為生殖で分裂が刺激された後に成長していくものは、もし現在の科学的知識に照らしてそれ自体でヒトに成長する内在的能力がなければ、同条にいう「ヒト胚」とはならず、これは各国の裁判所の判断事項である。」
 
欧州司法裁判所の判決を受け、UKIPOはInternational Stem Cell Corporationに特許を付与した。
 
幹細胞に関するEPO実務
 
EPOは、バイオテクノロジー指令を欧州特許条約 (EPC) 第53条と規則28で施行している。またその解釈については、2008年に拡大審判部の決定G 2/06で検討されている。EPOはBrüstle判決に照らして、規則28の適用に関する審査ガイドラインを次のように改訂した。
 
「出願日時点でヒト胚の破壊が必要となる手段でしか得られないヒト胚に由来する製品についてのクレームは、たとえ当該手段がクレームの一部でなくとも、規則28 (c) により特許を付与することができない(G 2/06 参照)。そのような破壊が行われる時点は無関係である(T 2221/10)。
 
53条 (a) および規則28 (c) に定めるヒト胚性幹細胞に関する主題を審査する場合は、次の点を考慮する必要がある。
 
  1. クレームのカテゴリーおよび言い回しだけではなく、出願の教示全体、および
 
  1. 幹細胞培養のような製品が破壊を含めたヒト胚の使用のみにより得られたか否かを判断するための明細書にある関連開示このためには明細書の開示は出願日時点での当技術の状態を見て検討する必要がある」。
 
(強調はガイドラインによるもの)
 
 またガイドラインは、EUのバイオテクノロジー指令の解釈に関する欧州司法裁判所の判断は、EPOを拘束するものではないとしても、説得力のあるものとして考慮されうることにも言及している。
 
技術審判部決定T 1441/13によると、成長のいずれのステップにおいてもヒト胚を破壊していないヒト胚性幹細胞培養(細胞株)の提供が初めて可能になったのは、Chung et al., 2008, Cell Stem Cell, Vol. 2 Issue 2, pages 113-117(オンライン公表日2008年1月10日)によるものであった。Chung方式では、個別の割球を胎芽から取り出し、生検後の胎芽を胚盤胞の段階まで成長させ冷凍する。そこでT 1441/13の見解では、ガイドラインは、ヒト胚性幹細胞の関わる発明について、その特許出願日が2008年1月10日より前であれば、特許対象から除外されているものと解する必要が出てくる。
 
EPOは最近になり、以前より早い2003年6月5日を基準日とするようになったが4、これは単為生殖生物からのヒト胚性幹細胞の抽出方法を開示するWO03046141の公開日である。この新しい実務は、単為生殖生物はヒト胚ではなく、それゆえ、それをヒト胚性幹細胞を得るために使用することは禁じられていない、という欧州司法裁判所のC364/13判決に従うものと見受けられる。 
 
全能性幹細胞の状況
 
完全に分化した成熟細胞から多能性幹細胞(いわゆる「人工多能性幹細胞」[iPS細胞]) を作成することが可能になって数年が経過した。しかし、全能性幹細胞の実用的な供給源は胚組織に限られていた。人工全能性幹細胞[iTS]を胚組織以外から作成することが世界中で集中的に研究対象となり、特に日本で熱心に行われている。2016年10月に九州大学のチームが、胚線維芽細胞と成人線維芽細胞の両方に由来するヒト胚性幹細胞およびiPS細胞の培養において、完全な能力を有する成熟したマウス卵母細胞を作成したと報告した5。この研究は国際的な科学コミュニティーで高く評価されたが、ヒトの細胞で再現するにはさらに乗り越えねばならない多くのハードルがある可能性も指摘された。 
 
成熟細胞からiTS細胞を作成できれば、現在は全能細胞を得るために必要とされている胎芽が不要となり、それにより、この研究分野に関連する多くの倫理上の問題が克服され、移植による拒否反応の起こりにくい受容者由来の組織を作成することができる可能性が出てくる。そこでiTS細胞技術を成熟した実用的手段に仕上げることを可能にするため、それを特許で保護できるのかという問題に関心が集まっている。
 
先述のように、Brüstle判決では全能細胞は「ヒト胚」の定義に含まれなかった。通常の慣行により、Brüstle事件の聴聞の前に欧州司法裁判所の法務長官(AG) が、欧州司法裁判所で判断すべき問題に関する事前意見書を公表していた。実はこの事前意見書では、全能幹細胞が「ヒト胚」の定義に含まれていたのである。
 
Brüstle判決の見解では、ヒトの全能細胞が特許対象外となるか否かは明確ではない。
 
UKIPOは、Brüstle判決について、「ヒト胚」という表現が「ヒトとして成長するプロセスを開始できる」あらゆる有機体を含むものと広く考える必要があることを示唆しているという、バイオテクノロジー指令第5条と一致した解釈をしている。
 
そのようなことから、英国特許審査官のためのUKIPOガイダンスでは次のように記載されている。
 
「ヒトの全能性細胞はヒトの全身に成長する潜在力を有している。この潜在力に照らせば、そのような細胞は特許対象とならない。なぜならば、さまざまな形成および成長段階にある人体は特許対象から除外されているからである」。
 
英国の特許審査官はこのようなガイダンスに従うことになるが、英国裁判所で法的に拘束されるものではない。ヒトのiTS細胞が特許保護の対象として適格か否かは、EU加盟国の裁判所が欧州司法裁判所のガイダンスを必要とするほどに問題が入り組んでいると考えれば、最終的には欧州司法裁判所の決定するところとなる。この問題を扱う裁判所は、ヒトのiTS細胞がヒト胚の定義に該当すると見なし、特許適格性から除外する可能性が高い、と筆者は考察する。    
 
 
結論
 
ヒトの幹細胞の特許性に関する欧州司法裁判所の判決や、各国裁判所の判決およびEPOの審決は、一見極めて制限的に見えるかもしれないが、同時に、これらの判決は、ヒト胚を破壊することなくヒト胚由来の幹細胞を得ることができない、または少なくともそのことについて議論の余地があった時代に開発された技術に関するものであったことは覚えておかねばならない。このような制限は、ヒト胚を破壊することなく、またはヒトの単為生殖生物から得たヒト胚性幹細胞を使用して行われる新技術には当てはまらない可能性がある。しかしながら、将来起こりうる進展、特にヒトの人工全能幹細胞に関しては、不確実なものが残る。
 
1 バイオテクノロジー発明の法的保護に関する 1998 年 7 月 6 日 の欧州議会及び理事会指令 98/44/EC:http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:31998L0044
2 2011年10月18日 欧州司法裁判所(大法廷)判決、OliverBrüstle対 Greenpeace eV、ケースC-34/10、欧州裁判所報告書2011I-09821: http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A62010CJ0034
3 2014年12月18日 欧州司法裁判所(大法廷)判決、International Stem Cell Corporation 対 Comptroller General of Patents、デザインと商標、ケースC‑364/13:http://curia.europa.eu/juris/celex.jsf?celex=62013CJ0364&lang1=en&type=TXT&ancre
4 欧州の特許制度:特許対象となり得る健康科学関連の主題および先行技術検索の可能性、Enrique Molina Galán、ハーグにおけるバイオテクノロジーディレクター、2016年11月:
5  Hikabe et al (2016) Nature 539:299-303. doi:10.1038/nature20104.
  
詳細は、ポッター・クラークソン担当者.までお問い合わせください。

日本語のページはこちらでご覧ください。
 

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